【コラム】作曲・編曲の委嘱料の構造と考え方

こんにちは。 作曲や編曲のご依頼をご検討されている方から、 「作編曲を依頼したいけれど、委嘱料がどのように決まるのかわからない」 「どれくらいの予算を見込めばよいのでしょうか?」 というご相談をいただくことがあります。

インターネットで検索すると、数千円というものから数百万円というものまで、さまざまな情報が見つかります。しかし、その価格差がなぜ生まれるのか、どのような考え方で見積もりが行われているのかまで詳しく説明されている記事はあまり多くありません。

そこで今回は、現在私がどのような考え方で作編曲の委嘱料を見積もっているのかをご紹介したいと思います。

作編曲に「定価」がない理由

作曲や編曲は、一つひとつがオーダーメイドの仕事です。
同じ5分間の作品でも、

  • 編成
  • 演奏時間
  • 難易度
  • 納期
  • 楽譜制作
  • 打ち合わせの回数
  • 著作権処理の有無

などによって必要となる作業量は大きく異なります。
そのため、多くの作編曲家は一律の料金表ではなく、見積もり制を採用しています。 私も、ご依頼内容を詳しくお伺いしたうえで個別にお見積もりしています。

作編曲家によって見積もり方法はさまざま

私の知る限りでは、作編曲家の見積もり方法には次のようなものがあります。

  • 演奏時間(1分あたり、3分あたりなど)の単価から算出する方法
  • 楽譜1ページあたりの単価から想定ページ数を算出する方法
  • 1小節あたりの単価から算出する方法
  • 編成や作品難易度ごとに料金帯を設定する方法
  • 制作に必要な日数(工数)から算出する方法

いずれも一定の合理性があり、実際に採用している作編曲家も多くいらっしゃいます。

一方で私は、演奏時間や小節数、ページ数だけで料金を決める方法には慎重な立場です。
例えば、同じ5分間の作品でも、内容によって制作に必要な労力は大きく異なります。また、ページ数だけでは創作そのものに要する時間や検討時間は反映できません。 そのため、単純な単価計算では、場合によっては労力に見合わない価格となり、利益が出ないケースも考えられます。

そこで私は、制作全体に必要な工数を基準に見積もる方法を採用しています。

私が最初に確認すること

見積もりを作成する際には、まず次の内容を確認します。

  • 編成
  • 演奏時間
  • 希望納品日

さらに、

  • 使用可能な楽器
  • 初演の目的
  • 楽曲のイメージ
  • 演奏団体の特徴

なども詳しくお伺いします。

これらは単に料金を決めるためだけではなく、ご依頼者様が本当に求めている作品を制作するためにも重要な工程です。

見積もりの基本は「工数計算」

現在、私が採用している見積もり方法の基本は、制作に必要な工数(制作時間・制作日数)を算出する方法です。

作品が完成するまでには、

  • 楽曲構成を考える時間
  • 作曲・編曲作業
  • 楽譜制作
  • 校正
  • 修正対応
  • 打ち合わせ

など、多くの工程があります。
それらに必要な時間を積み上げ、見積もりを作成しています。

つまり、単に「作品に値段を付ける」のではなく、「完成までに必要な仕事量」に対して適正な価格を設定しているという考え方です。

楽譜制作量を工数の指標としている理由

吹奏楽や管弦楽、室内楽の作編曲では、創作だけでなく楽譜制作にも多くの時間を要します。 そのため私は、完成する楽譜のおおよそのページ数を想定し、それを工数算出の指標の一つとしています。

ここで重要なのは、ページ数そのものが料金になるわけではないということです。
長年作編曲を続けていると、作品の規模から完成する楽譜のボリュームをある程度予測できます。 そのページ数から、 「この作品では楽譜制作にどれくらいの時間が必要か」 を見積もり、制作全体の工数を算出しています。

つまり、ページ単価で料金を決めているのではなく、工数を客観的に見積もるための一つの基準として活用しています。

見積もりには制作以外の業務も含まれます

作品制作以外にも、

  • 打ち合わせ
  • 著作権編曲許諾申請
  • アシスタントへの謝礼
  • 演奏指導
  • 初演立会い
  • 急ぎ案件への対応

など、ご依頼内容によって必要となる業務があります。
また、

  • 交通費
  • 資料購入費
  • 原曲の楽譜代

など、制作に必要な実費も必要に応じて計上します。

工数計算と人件費率という考え方

作業にかかる日数から見積もりを出す「工数計算」は、IT業界や建設業などでも広く用いられている考え方です

例えば「人月単価(1人が1ヶ月動くための費用)」を80万円とした場合、1ヶ月(20日間)かかる仕事は80万円、1日(8時間)あたり4万円となります。これを1時間あたりに直すと5,000円です。

ここで注意したいのは、この1時間あたり5,000円という価格は、あくまで事業者としての「取引価格」であり、クリエイター個人の「時給(給料)」ではないという点です。売上から個人の手元に残る給料を考えるには、売上のうち何割を給料に回せるかを示す「人件費率」の視点が欠かせません。

音楽制作では、スタジオの維持費や機材・ソフトウェアのライセンス料といった多くの事業経費が発生します。ここでは人件費率を40%(60%が諸経費や事業者としての利益)とします。
この基準を先ほどの金額に当てはめると、1時間あたり5,000円の取引価格のうち、約6割にあたる3,000円はスタジオ代などの事業経費として消えていくことになります。そのため、実際にクリエイターの給料(賃金)に相当する部分は、人件費率40%を掛けた1時間あたり2,000円の計算になります。

このように、提示された見積もり額のすべてが個人の収入になるわけではなく、事業を継続するために必要な経費を差し引いた約4割程度が、実際の給料に相当する部分となります。

技術料という考え方

工数だけでは測れない部分もあります。

これまで積み重ねてきた経験や知識、作品の完成度、そして安心してお任せいただけるだけの技術も、見積もりを構成する重要な要素です。

技術料とは、「名前に値段を付ける」ということではありません。
長年培ってきた経験や専門性、問題解決能力、そして作品としての品質に対する適正な評価であると私は考えています。

私が大切にしていること

現在の私は、「曲を書く」ことだけを仕事とは考えていません。
作品が完成し、初演が成功し、ご依頼者様の目的が達成されるまでを一つのプロジェクトとして考えています。
そのため、

  • 演奏会の目的
  • 団体の状況
  • 演奏者のレベル
  • 将来の再演

なども踏まえながら、一緒に作品づくりを進めています。 見積もりは、そのプロジェクト全体に必要な仕事を適正に評価した結果です。

また、私が料金を公開しているのは、ご依頼者様ごとに料金基準を変えるのではなく、できる限り透明性のあるお見積もりを行いたいと考えているからです。ご依頼者様のご予算や立場によって価格を決めるのではなく、仕事内容や工数、責任に応じてお見積もりすることを基本としています。

音楽業界では、案件ごとの事情や事業全体の方針などを踏まえて価格を決める考え方もありますが、私は一件ごとに適正な価格をご提示することが、結果として公平で分かりやすい取引につながると考えています。

もちろん、料金についての考え方は作編曲家それぞれであり、一律の正解があるものではありません。私もできる限りご依頼いただきやすい金額を心がけていますが、お見積もりは私個人の事情だけでなく、会社としての責任や、音楽業界全体の健全な価格形成も考慮したうえでご提示しています。

「相場」と「適正価格」は必ずしも一致しない

私は「相場」と「適正価格」は必ずしも同じものではないと考えています。
市場では、さまざまな事情から非常に安価な価格で受注されている例もあります。一方で、実績やブランド、特殊な専門性などにより高額な価格設定がされている例もあります。
価格は市場で自由に決まるものですから、それ自体を否定するつもりはありません。

ただし、事業として継続し、品質を維持しながら作品を提供していくという観点で考えると、「適正価格」という考え方は欠かせません
これまでご説明してきたように、作編曲の仕事には創作時間だけでなく、楽譜制作、打ち合わせ、校正、設備投資、ソフトウェアライセンス、税金など、多くの工数と事業経費が含まれています。

結局、どれくらいの金額が妥当なのか

以上を踏まえ、事業として適切な利益を確保できる価格を考えると、私自身はおおよそ次の金額が一つの最低ラインになると考えています。

内容 適正価格の目安(税別)
吹奏楽 作曲(約5分) 約50万円~
室内楽(4重奏) 作曲(約5分) 約20万円~
吹奏楽 編曲(約5分) 約40万円~
室内楽(4重奏) 編曲(約5分) 約16万円~

もちろん、これはあくまでも一例です。編成や難易度、納期、修正回数、著作権処理などによって価格は前後しますし、実績や提供する付加価値によっても適正な価格は変わります。

しかし、工数や必要経費を無視した法外な低価格で継続的に仕事を受けることは、結果として事業を維持できなくなるだけでなく、業界全体の価格水準を押し下げる要因にもなります。
一人の事業者が赤字を前提に仕事を引き受けることは、その人だけの問題ではありません。同じ仕事を適正価格で提供している他の作編曲家や音楽事業者の仕事まで奪い、業界全体の持続可能性を損なう可能性があります。

私は、適正な利益を確保した価格で仕事を受けることは、自分自身のためだけではなく、音楽業界全体を健全に発展させるためにも必要なことだと考えています。

もちろん、価格競争そのものを否定するつもりはありません。
品質やサービス、実績によって価格差が生まれることは、健全な市場では自然なことです。

しかし、「プロとして継続できない価格」で受注することは、本来の競争とは異なります。

これからも私は、工数と責任に見合った適正価格を提示し、その価格に見合う品質と価値を提供することで、ご依頼者様にも業界にも誠実でありたいと考えています。

適正価格を考えるうえで、もう一つ触れておきたいこと

音楽業界では、教授業や演奏活動、著作権使用料、出版印税、ライセンス収入、スポンサー収入など、複数の収入源を持つ方も少なくありません。
それ自体は素晴らしいことであり、私も収入源を複数持つことは、クリエイターとして活動を継続するための大切な経営判断だと考えています。

しかし、そのような別収入があることを理由に、本来必要となる工数や経費を度外視した大幅な値引きで受託することについては、私は慎重に考えるべきだと思っています。

また、「著作権使用料が入るのだから」「出版印税(将来の楽譜販売収入)があるのだから」といった理由で、委嘱料や編曲料の値引きを前提とする考え方についても、私は同様に慎重であるべきだと考えています。
著作権使用料や出版印税は、作品が実際に利用・販売されて初めて発生する成果収入であり、将来の収入が保証されているものではありません。利用されなければ収入は発生せず、制作に要した工数や経費を回収できないことも十分にあり得ます。これらは制作という役務に対する対価とは性質が異なるものであり、それを前提として現在の委嘱料を減額することが当然であるとは考えていません。

例えば、本来50万円程度の工数が必要な仕事を、「教授業の収入があるから20万円でも受けられる」「将来、著作権使用料や出版印税が入るかもしれないから20万円でも受けられる」という考え方で継続的に受注した場合、その価格は専業で作編曲を行っている事業者には再現できません。
そのような価格が市場で「相場」と認識されてしまうと、適正価格で仕事をしている他の作編曲家は「高い」と評価されるようになり、結果として業界全体の価格水準を押し下げることにつながります。

私は、この問題は個人の営業努力ではなく、市場全体の健全性に関わる問題だと考えています。
なお、これはアマチュア音楽家が謝礼を受けて活動することとは別の話です。趣味や自己表現の一環として活動されている方を否定するものではありません。

ここでお伝えしたいのは、事業として作編曲を請け負う以上、その事業が持続可能であり、同業者も含めて健全な市場を維持できる価格形成が重要であるということです。

価格競争は市場経済では自然なものです。しかし、その競争が「どれだけ赤字でも受けられるか」という競争になってしまえば、長期的には作品の品質も、クリエイターの育成も、音楽文化そのものも維持できなくなってしまいます。

私は、適正な利益を確保できる価格を提示し、その価格に見合う品質を提供することが、依頼者に対する責任であると同時に、音楽業界全体への責任でもあると考えています。

おわりに

作編曲の委嘱料は、一律の価格で決められるものではありません。
編成や演奏時間だけでなく、制作に必要な工数、技術、準備、打ち合わせなど、さまざまな要素を総合的に考慮して決定しています。そのため、作編曲家によって見積もり方法や金額が異なるのは、ごく自然なことです。

私は現在、作編曲家として活動するとともに、音楽出版社の経営にも携わっています。しかし、その根底にあるのは、「新しい作品を生み出し、新たな音楽の価値を提示したい」という、作編曲家としての音楽的なビジョンです。そのビジョンを実現するためには、作品そのものの質だけでなく、制作に関わるすべての人が安心して力を発揮できる環境が欠かせません。

作曲家や編曲家はもちろん、演奏家、浄書家、録音・映像エンジニアなど、多くの専門家がそれぞれの技術を持ち寄ることで、一つの音楽作品が完成します。そうした専門性が適切に評価され、正当な対価が支払われることは、個々の生活を支えるだけでなく、より良い作品を継続的に生み出すための基盤でもあります。

音楽業界では、これまで人と人とのつながりや善意によって支えられてきた部分も少なくありません。そのこと自体を否定するつもりはありませんが、それだけに頼り続けることには限界があります。誰かの犠牲や無理の上に成り立つ創作は、長く続けることができません。

だからこそ私は、委嘱料を単なる「作品の値段」ではなく、作品を生み出すために必要な技術、時間、責任、そして持続可能な創作環境への対価として考えています。

お引き受けした仕事には、一つひとつ責任を持って向き合い、ご依頼者様の想いや目的を音楽として形にしていきます。そして、その積み重ねが、演奏する方、聴いてくださる方、そして次の世代へと受け継がれる音楽文化につながっていくことを願っています。

この記事が、作曲や編曲を委嘱される際の参考になるとともに、「作品の価格」だけではなく、その背景にある考え方についても知っていただくきっかけになれば幸いです。